2011年08月24日

なんて言うか、そんなもんだろうけど

後輩が
「まぁ、これが無かったら、こっちで出来ちゃうんですけどね」
#わかりづらい表現・・・

そのときに
「あれ、それで出来たっけ?」
と迂闊にも聞いてしまった。

その場はそれを
「あ、俺、その機械詳しくないからわかってねぇんだけどね」
と強引におさめたのだけれど、失敗した。


以前書いたことの続きになっちゃうと思うのだけれど、たぶん聞くことって大事なことなんだと今更ながらに思う。

「おれって、これだけ知ってるんだぜ!」的な表現をするヤツってやっぱり若いときにそうなるんだろう。
実はオイラもそうだった。
だから、今はわからないことはわからないと素直に言うことにしている。
だって損だから。
格好付けることで「知ったかぶり」と思われる損と、わからないことがわからないままになってしまう損。

でも、おいらは他人は所詮他人だと思って、後輩だからといってそんなことをグチグチ言う必要もないと思った。


なんて言うか、物事を理解している人ほど謙遜すると思うし、逆に知ったかぶりしているヤツに説教しても「俺はわかってるんですよ」的な発言をするってのは、もう見透かされていると思うんだよね。
それをわかっているかわからないままで居るか、そこで人としての次のステップへの道が開けるかどうかに掛かってくるような気がする。

な〜んて事を、いろいろ以前から考えていたのだけれど、後輩を見ていて「ああ、そういうことか」と納得がいった。

たとえば、ただ漠然と過ごしているヤツに「目標をきちんと見定めて」と言ったところで「俺はわかってるよ、そのくらい」ってだいたい返ってくると思ってる。

まぁ、それを言ってしまうくらいにオイラは説教くさいやつだった、ウザいなぁと思う訳だが。

これと見定めたなら、何を優先順位にすべきかもわかってくると思うし、そのためにすべきことやらなにやらわかってくるはずなんだよね。
こういうことを、確かどこぞの写真展で作家さんと話をした気がするんだ。

でも、それと共に「あなたはもう支えるだけ支えてきたでしょ?あとは大人しく見ていなさい」と行ってくれる人も居たわけで、人生の先輩で経験者にそういうことを言われるとものすごく納得して、今、オイラは後輩だけではなくいろんな人を傍観しているんだと思う。

でも、この人はわかってくれるって言う人は、オイラが言わなくても自分から聞いてくるんだよね。
そう言う価値観が合うヤツってのは、なかなか居ないんだけれど、う〜んと、まぁ、言ってみれば、オイラの同期入社の同僚がかなり価値観が近いんだな、これが。
この辺の結びつきの不思議さも感じるのだけれど、オイラよりヤツのが大人だと思う。
だから、この辺が人としての懐の大きさの差につながっているような気がしてならないんだけれど、じゃ、説教出来るヤツは居るのか?と言われると、誰も居ないんだよね。

そんなところで、説教される事が多いオイラが、後輩に説教するなんてのはもってのほかだと思い、今こうして書いていて、

「俺はダメだな〜」

と感じる、夜なのである。


そんな同僚の、奥さんと娘さんが、「お母さんの実家に帰った」と言うことで「一人で寂しいのか?寂しいのんかぁ〜」とさんざん聞いておきながら「飲みいこっ!」と誘われて「ごめん、今日整体行くから」と一言で振ってしまったのは、

「だって予約入れてあるんだよ!」

と言い訳をしつつ、たまには同僚と顔をつきあわせてってのも良いかもな思った、今日の出来事。

いや、まぁ、どうせそいつは既婚者だからどうでも良いんですけどね、独身のオイラにとっては。
#どさくさ紛れにむかついてるしw
posted by なか at 23:28 | 忘備録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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