2011年11月08日

そもそもなんで写真を撮っているのか?

哲学的な話とかでは無くて、「そもそもなんで写真を撮っているのか?」と言うことを先日思い返させられたとでも言うのだろうか?
#回りくどい言い方だなぁ。

そもそも、オイラがやりたかったのは写真より音楽だったかもしれない。
だって、カメラよりギター買った方が先だし、ギターよりサックスをやりたいと思ったのは高校に入ってのことだったのだが・・・

「音が大きいからダメ」

両親に一蹴された。

ギターを買うのでも

「音が大きいのはダメだから、フォークギターにしなさい」

居候は仕方が無く、フォークギターを買ったのだった。

#と本田雅人のサックスを聴きながら、やっぱりうらやましく思う。

でもね、そりゃさだまさしとか一人弾いてるより、ロックとかにあこがれるわけですよ。
そりゃあ、もうね。
特に、オイラはブルース・スプリングスティーンが好きだったし、バンドとかやりてぇ〜と思っても、持っているのはフォークギター。
できるわけが無い・・・

結局、高校生活も終わりに近い頃にストラトキャスターを買ったのだった、買ってしまえばこっちのものと。
でも、その先、バンド仲間なんかできるわけもなく、できても結局長続きはしなかったなぁ。


で、高校生の時にやっぱり出会ったのが、写真だった。
名も知らない人がコンテストで年間大賞を取った富士山の写真にあこがれて。
でも、今度は富士山なんて行けないわけです。
そんなときに出会ったのが、丸林オジサンだったわけですね。

ギター持っていたって、一人じゃできない・・・と思っていたわけで。
#押尾コータローなんか聴いちゃえばできるのはわかるけど、そりゃ無理ってw

で、バイトをしてカメラを買ったわけです。
さすがに両親も反対はできないわけで、反対する理由が無いから。
でも、買って、一人でずっと撮っていて「うまくない」「下手だ」と何度も言われたもんです。


で、写真なら一人でも撮れる訳だ。
いや、一人のが良いかもしれない。
また、僕は一人での行動の方が好きだったんだろう。今でははっきりそう思うから。

一人だったから、下手でもなんでも良かったわけで、一人だったからマクロレンズってなに?
そう思って居た時代がオイラにもありましたw

だから、多分写真を続けているのだと思う。

ま、オイラに音楽の才能があるとも思えないし、いや写真も無いんだけれど。
でも、一人で続けていける写真に出会ってホント良かった。

友達ができたり、写真仲間と言える人たちができて本当に良かった。
そして、丸林オジサンに出会えて本当に良かった。

だから、これからも写真を続けていくのだと思う。



ぶっちゃけ、子供の可能性をつぶす行為は良くないとオイラは思うのですよ。
習い事とかやってきたけれど、それよりも自分が本当に楽しめるものを持っていることがどれだけ人生において糧になるかと考えたら、いろんな可能性の中からやりたいと本当に思えるものを選ばせて、そして伸ばしてやりたいと、もし子供が居るなら、オイラはそうしたい。

だから、そういう環境で育った人たちを見ると、オイラはうらやましいと言うよりも、ねたましさを持ってしまう。
ひがみ根性。

でもね、もし写真すらオイラになかったら、多分オイラはどうしようも無いほどにどうしようも無い人間になっていたと思うんだ。

ま、今でももうどうしようも無い人間なところは多々あるのだが、それはそれ、これはこれ、どれ?

そんな感じ。
posted by なか at 23:35 | 忘備録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。